ゼニアのスーツは、必需品です

お客様の声:ファイナンシャルプランナー 引地忠信様

千葉県船橋市で、ファイナンシャルプランナーで独立開業している引地忠信様 (37歳)に、スーツに対する考え方やスプレーモへの評価について詳しくお聞きしました。大阪生まれ・37歳。2007年から5年間、生命保険会社 メットライフ アリコでフルコミッションの営業マンとして勤務。新人賞や年間最優秀賞を獲得するなどトップ営業マンとして活躍。2012年にアリコを退職し、現在は、ファイナンシャルプランナーとして独立開業しています。趣味は30歳の時から始めたサーフィン。

5年間で、ゼニアのスーツ9着をオーダー

― 引地様の、スプレーモご利用状況を教えてください。

スプレーモは、保険会社アリコに入社した平成19年(2007年)以来、営業の時に着用するスーツ9着をオーダーしました。現在はアリコを退職し、独立系の保険代理店として活動しています。スーツは引き続きスプレーモで仕立てたゼニアを愛用しています。

ご購入いただいたゼニアの記事

保険の営業にとってのスーツの役割

― 引地さんの保険の営業にとって、スーツはどんな役目を負っているのでしょうか。

私にとってスーツとは、お客様から見た私の外見、印象を高水準に保つための、そして自己を律するための、重要な道具の一つです。

ゼニアのような良いスーツを着ていると、行動や、ふるまい、言葉遣いが、おのずと紳士的になります。またお客様への提案内容も、自然にレベルが上がります。

スーツは週に一度、自分でアイロンに出します。また、靴も一週間に一度は磨いています。外見の細かい手入れを通じて、自分の中に緊張感を保ち続けたいと考えているのです。

保険の営業は減点法

― 引地さんは、新規顧客を、どうやって開拓していますか。

ほとんどが紹介を通じてです。保険の新規開拓は、やはり紹介が王道だと思います。

既存のお客様から別のお客様を紹介していただくには、まず私自身が「友人に紹介してもOKな営業マン」に見えなければいけません。ここで気を付けるべきは、私たち保険の営業マンは、お客様から減点法で見られているということです。

私たちの外見・印象は、お客様から見て、ちゃんとしていて当たり前で、そこから「あそこがダメだった」、「あの時のあれも良くなかった」と減点されていきます。その減点が、お客様の水準点を下回ると、「この人は、ちょっと紹介できないな」となります。

保険は「目に見えない商品」です。逆に言えば、お客様の目に見えるのは、「私たち営業マンの外見」だけです。お客様に、保険商品を安心してお買い上げいただくためにも、営業マンとして自分の身なりは常に高水準に保つ必要があります。

「28歳まで就職しませんでした」

―引地さんは昔から営業が得意だったのですか。

いいえ。まったく得意ではありませんでした。そもそも、若い頃の私にとって営業は、「それだけはやりたくない」という仕事でしたし、勤め始めてからも、営業のこと、特に外見のことについては無頓着な時期が長く続きました。

先ほどは「スーツは自らの外見を高水準に保つ道具」と言いましたが、そんな気負った発言ができるようになったのも、ごく最近のことですから。

実は、若い頃の私は、関西の大学を卒業した後、6年間、プロのミュージシャンを目指して、神戸や大阪の路上でギターを弾いて歌を歌っていた、ストリートミュージシャンでした。

当時の自分にとって、営業マンという仕事は「がめつく売りつける」、「気の弱い人に無理矢理ハンコを押させる」という、ネガティブな印象の強い仕事でした。

― その引地さんが、どうして営業の世界に足を踏み入れることになったのですか。

最初に就職した会社の副社長の一言がきっかけです。

28歳で夢破れて、就職することを決意し、住宅設備機器の会社の面接を受けました。その時も、営業はやりたくなかったので、事務職を希望しました。ところが、最終面接のときに、先方の副社長から、「キミは営業の方が良いと思うよ」と言われたのです。それがツルの一声になって営業マンとしての採用が決定しました。

工務店向けのルートセールスで営業の世界にデビュー

― その副社長は、なぜ引地さんが営業に向いていると思ったのでしょうか。

自分で言うのは恐縮ですが、おそらく面接での「自己表現力」が評価されたのだと思います。

面接する側からすれば、「大学を出て、28歳まで就職したことがないというのは、何かよほどの理由、事情があったのだろう」と思うはずです。その疑問に対し、おそらく私は、よく答えたのでしょう。ストリートミュージシャン歴が長く、自己表現への苦手意識がなかったこともプラスになりました。

しかし就職できたのは良いものの、勤務地は千葉県になりました。自分としては、地元 大阪で就職し、当時の彼女と結婚し、心配かけた両親に恩返しするつもりだったので、がっくりきました。彼女とは別れ、知り合いもいない千葉で新生活を始めることになり、その頃は不安でした。

― 営業マンとして社会人デビューし、いかがでしたか。

その会社での仕事は、浴槽やシステムキッチンを工務店に販売する、法人営業でした。営業マンの仕事は、既存顧客を巡回する「ルート営業」が基本であり、恐れていた「飛び込み営業」「押しつけ販売」はやらずにすんだので、ホッとしました。

2年目ぐらいから、お客様と人間関係ができていくことに楽しみを感じてきました。実は、この頃、外回りしていたお客様の一つ、ある工務店の社長の娘さんが、今の妻です。ルート営業している間に親しくなり、ついには結婚にいたりました。

「当時は量販店のスーツでノーネクタイでした」

― その頃は、どんなスーツを着ていたのですか。

入社が決まって千葉に転居した時、スーツの量販店に行って、とりあえず1万円の黒のスーツを買いました。当時、スーツにこだわりはありませんでしたが、ただ、おじさんくさいシルエットといいますか、あのドボーン、ダボーンとした感じは避けたいなと思いました。

その会社では、営業マンは、みなノーネクタイでした。工務店へのルートセールスの場合、時には家の建築現場にも立ち入ります。その時、スーツとネクタイでキメすぎていても、かえって場違いになりますから。

それから3年の間に、スーツを5着、買いました。どれも量販店にあるフツーのスーツです。

― その後、アリコに転職して、保険の営業マンに転身したのはなぜですか。

アリコの人にスカウトされました。ぜひウチに来ないかと誘われたのです。当時の会社や仲間に不満はなかったので、ずいぶん悩みましたが、妻も賛成してくれたので、「よし、やってみよう」と一念発起し、保険営業マンの世界に飛び込みました。

「アリコでは勤務初日から服装でダメ出しされました」

― アリコへ出社した初日は、どんなスーツを着ていったのですか。

前職で来ていた普通のスーツです。ネクタイは締めていきましたが、上司からは、いきなりダメ出しを受けました。

― どんなダメ出しをもらったのですか?

「おまえ、Yシャツの第一ボタン空いてるじゃん」と指摘されました。私は、高校時代にラグビーをやっていたせいか、身長の割に首が太く、普通のYシャツで第一ボタンを留めると息苦しくなるので、いつも外していたのです。

しかし、これは保険の営業マンとしては許されない外見でした。住宅機器と保険では、同じ営業でも服装の基準が違うのだなと、入社一日目に悟りました。服装を整え直そうと思い、その週末に、幕張のアウトレットセンターに出かけ、セレクトショップでユナイテッドアローズのスーツを買いました。値段は5万円だったと思います。

Yシャツの方は、妻が、誕生日に、東武百貨店のシャツの仕立券をプレゼントしてくれたので、それを使ってオーダーメイドで仕立てました。私の場合、首に合わせてシャツを買うと、脇腹がダブダブになります。でも、オーダーYシャツは、体型にぴったりだったので嬉しく思いました。

― 新しいスーツとYシャツを着ていって、上司の反応はどうでしたか。

何の反応もありませんでしたが、ダメとは言われなかったので、まずはOKだろうと判断しました。

「売れてる人は、やっぱり良い背広を着ています」

― 保険会社では、みなさん、どんな服装なのでしょうか。

売れてる人はやっぱり良い背広を着ていました。何かこう、生地に光沢があって、テカテカしていたのです。中には、オバマ大統領のような暖色のネクタイをつけたり、チーフやカフスに凝ったり、私の感覚からすると過剰に見える人もいましたが、とにかくみなさん服装には気をつけていました。

― オーダースーツに関心を持つようになった経緯を教えてください。

妻にもらった仕立券で、オーダーYシャツを経験して以来、オーダーメイドに関心が出てきたので、スーツもオーダーで作ってみたくなりました。ただオーダースーツというと、テーラーや百貨店で、うやうやしく採寸してもらうようなイメージがあり、自分には「敷居が高い」と思えました。

それでもオーダースーツへの関心は強かったので、何とか気軽に作れる方法はないものかと、ネットで「スーツ オーダーメイド」などの言葉で検索していたとき、偶然、出会ったのがスプレーモのホームページでした。

「当時は、ゼニアのことは名前さえ知りませんでした」

― スプレーモのホームページの第一印象を教えてください。

ホームページ全体に「誠実な印象」を感じました。その他のオーダースーツのホームページでは、「男の1着」とか「ワンランク上の」とかそういう宣伝文句が多いのですが、スプレーモは、店主の清水さんが自分の言葉でしっかり語っていたので好印象でした。

生地の写真を見たときは、「先輩が着ているのと同じテカテカのヤツだ。見つけたぞ」と嬉しくなりました。

その頃は、アリコでそれなりの給料も取れるようになりましたし、1本11万円なら買えなくもない。よし、とにかくお店に行ってみよう、いやなら断ればいいしと思い、訪問の予約を入れました。

― その頃、「ゼニア」のことは知っていましたか。

いえ、ゼニアのことは、名前さえも知りませんでした。その頃、スプレーモで売っているスーツに対しては、「先輩も着ている、あのテカテカの生地」としか認識していませんでした。

「とにかく1本、作ってみることにしました」

― スプレーモを訪問したときの印象はいかがでしたか。

清水さんが、「ちょっと待ってください、今持ってきますから」というかんじで、アクティブに動くのが印象的でした。いろいろ話を聞いているうちに、岐阜から東京に来てお店を出してがんばっているところが、今、アリコという新天地に来て頑張っている自分と同じに思え、なんだか同志に思えてきました。

この時の清水さんの説明を通じて、「ゼニアがどういうブランドなのか」を知りました。あの「テカテカの生地」はゼニアという高級品のことだったのかと初めて認識しました。

生地を見て気に入ったので、とにかく1着作ってみることに。その時は、とりあえずスタンダードな物がほしいと思い、黒い生地を選びました。

上司には「おまえもついにオーダースーツを着るようになったか」
と言われました

― 最初にオーダースーツを着たときの印象はいかがでしたか。

初めてオーダースーツを作ったことに感動しましたが、同時に、もう少し体型が良かったら、このスーツがもっと似合うのになとも思いました。

翌日、さっそく職場にゼニアの生地で作ったオーダースーツをを着ていきました。上司は、私を見るなり、「お、スーツ良くなったじゃん」と声をかけてきました。

「それどこのスーツだよ、見せてみろよ」というので、脱いで手渡すと、タグを見て「お、ゼニアじゃん。おまえもついにゼニアかよ」と言われました。私が、ゼニアを着たことは上司にも感慨深かったようです。

確かに、そのスーツを着ていると、自分の内面にも変化が生じるのが分かりました。

「内面が変化してくるのが自分でも分かりました」

― どんな変化が生じたのでしょうか。

自分の品格が上がる方向の変化です。単純な話、こんな、いいスーツを着たからには、発言や振る舞いも紳士的にしようと心がけるようになりました。

あらためて先輩の服装を観察すると、確かに売れている人は、ゼニアかダンヒルを少なくとも1着は持っていました。ならば、ゼニアのオーダースーツを着ていれば、間違いはありません。

その頃、私は営業という仕事がとても好きになっていました。成績も好調で、入社一年目は、最優秀新人賞を取ることができました。

おかげさまで、アリコではそれ以後も、好調な営業マン人生を歩むことができました。2011年にはマイホームを購入し、その後、退職して、念願の独立開業も果たしました。

「ゼニアのスーツは、必需品です」

― 最後に一言お願いします。

私は子供の頃からジェームズボンドが好きでした。あんな風にカッコ良くなりたかったのです。このスーツを着たことで、ほんの少しですが、理想に近づけた気がしました。

ゼニアのオーダースーを買って良かったと思うのは、電車で座っているときです。ふと自分の膝に目を落とすと、座っている自分の膝の生地が見えます。その生地が、電車の窓から差し込む光に当たって輝くとき、「やっぱり、いい生地だなあ」と感動するのです。

ゼニアのオーダースーツは、私の営業にとって必需品です。自分の営業を高い水準に保ち、お客様から信頼され続けるためにも、これからもスプレーモのスーツを活用していきます。スプレーモさん、引き続き、よろしくお願いします。

top_mapご来店をお考えの方へ
ご予約はお電話、メールでも承っております
銀座店 TEL.03-6228-5755
岐阜店 TEL.058-262-0387
Eメール